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創作まとめ

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【side_gan】連れて行かれた場所は、深い森の奥だった。

連れて行かれた場所は、深い森の奥だった。


ガンはクモに導かれ、共に森の中を歩いていた。陽が当たらない森は薄暗く、肌にまとわりつくような湿気を帯びている。
あの荒廃が進む瓦礫の街を通り過ぎた後の深い緑は、ガンには眩しいほど鮮やかに見えた。露に濡れた葉、彫刻のような幹。それらは暗闇にぼんやりと佇み、しかしどこか幻想的に、在るべき姿のままで、そこに存在していた。

「あの街で、生きている人を探していたんだ」

突然、前を歩くクモがぽつりと呟いた。

「きみは、必ず生きていると信じていたよ。だって、ぼくが生きているのだから」

それが当たり前で、自然の摂理だとでもいうような言い方だった。
一体、何を根拠にそのように話すのか、ガンにはわからない。しかし問う気もなかった。
ガンは地面に嫌な水気を感じながら、慣れた足取りで前へ進むクモに習い、時折手を付きながら進んでゆく。剥き出しの巨木の根に足をかけて踏み込んだ時、苔に足を取られ滑り、左へ倒れるように体勢が崩れた。とっさに左腕を出せば少しはバランスが取れただろう。しかし、ガンは勢いよく地面に倒れた。
音に気付いたクモが振り返り、ガンの元へ駆け寄る。

「大丈夫!?」

その顔は青ざめていた。今にもガンが死の危険に晒されているような慌て方だった。ガンは泥の付いた顔を右手で拭う。

「ごめん、少し早く歩きすぎたね…」

そっとクモの手が左肩に触れた。
ガンは自分の左腕が在るべき箇所に視線を移す。
彼には、左腕が無かった。

あの瓦礫の中から掴まれた時は右手に全ての意識があったせいなのか、左の肩から先が無いことがわからなかった。引き上げられた瓦礫の山を下りようとクモの後を追って歩き出した時、うまくバランスがとれずに前屈みに倒れそうになり、ようやく左腕が無いことに気付いた。
あまりに自然だった。痛みも違和感もなかった為、記憶をなくす前から無かったのかと思ったが、過去を知るはずのクモが驚き青ざめて居るのを見て、異常であることを知ったのだった。

ガンはクモに右手を引かれて立ち上がる。再び森の奥へ進んで行くと、草が鬱蒼と生い茂る中、唐突に地面が開けた場所に出た。側には大きな洞穴がある。

クモが足を止めた。どうやらここが彼の住処らしい。付近には焚き木をしたような跡が残っていた。

「しばらくはここに居て、時々、街へ行こう。きみが、なにか思い出せるものが、見つかるかもしれないから」

あの廃墟の街に何があるのか。何が残っているのか。その残骸は己を示すものだろうか。せめて失われた自分の記憶が、あの街以上に絶望的なものでない事を願った。
ぼんやりと洞窟の中を眺めていると、木の実や果実がまとめて置かれている場所があった。
自由に食べていいからね。そう言い残して、クモは更に奥へと姿を消した。
ガンは積み上がっていた食料の中から拳ほどの赤い実を手に取り、齧る。瞬時にひどい味が口の中に広がったので、ほぼ反射的に、全て吐き出した。

2016.2.14.

***

【side_en】道標と再会した旅人の話 その2


喋る白ヘビ――名前は私が勝手に「コーダ」と呼んでいるのですが、彼は、私が追いかけている『彼の方』の使い魔です。
私が旅を始めた時から、『彼の方』の元へ辿り着くための道案内をしてくれていました。
しかしある日、『扉』を開けて『世界』を移動した瞬間、突然、居なくなってしまったのです。なんの音沙汰もなく、扉をくぐり抜けたらいつも巻きついているものが無くなっていたので、それはそれは慌てました。その時はどこかの世界で落としてきてしまったのかと必死に探したのですが全く見つからず……今に至ります。

「もー!どこ行ってたんですかー!めちゃくちゃ心細かったんですよー!」

「主に呼ばれたんだ。仕方がなかった」

呼ばれたからといって、普段からそこに居るべき人が、何も言わずに消えていたらびっくりするでしょうに。せめて一言、欲しかった。

「しかしまた随分と唐突に現れたもンダネ。いつからここに来テタノ」

ムナの問いに、コーダは急に黙り込み、おもむろに窓の方へ頭を向けて言いました。

「嵐とは、凡ゆるモノを運ぶだろう」

「なるほど、飛ばされたんですね」

「エン、君への伝言を託された」

どうやら今日の嵐の原因は、『彼の方』にあったようです。相変わらず想像もつかない事をする。

「相変わらず雑な配達ダヨ」

……歯に絹を着せぬ物言い。『彼の方』とムナだからできる馴れ馴れしさだとは思うのですが、まあ私も考えてしまったことなので何も言えません。

「で、館長は何を言ってるノカナ? 『オ手紙』サン」

手紙と呼ばれた白蛇は、私の方へ顔を向け、しゅるしゅると舌を出し入れして、言いました。

「主曰く、『奴が動き出した』と」

彼の一言は、一瞬にしてこの場の空気を変えました。
後から思えば、変わったのは私だけかもしれません。彼のたった一言は、私が覚えている全ての恐怖を、記憶から呼び起こすには充分すぎる程でした。
彼は続けます。

「主曰く、エンという生物は、実に危険な存在だ。彼女は他の世界へ訪れ、干渉している。主は其れを良く思わない」

「そうだね、それは前々から思っテタヨ」

「以前のエンの行動を、君も憶えて居るだろう?」

「砂漠の話ダッケ?あれはさすがにやりすぎだっタヨネー」

「彼女が行動起こせば、それだけ『奴』も近づいてくる。だからーー」

淡々と会話を進めていく2人の声を聞きながら、冷静を装いつつ呼吸を整えます。けれど実際は、この時の2人の会話の内容は、全く頭に入ってきていませんでした。

『あいつ』が私を追ってくる。それは死すらも霞む恐怖。私にしか見えない影。大きな黒い塊。
その中にある眼は私を捕らえる。私は眼を逸らせない。身体が動かない。心拍数があがる。汗が噴き出る。喉が乾く。声が出なくなる。そして首を掴まれて、息が出来なくなって、私は、――


「エン、」

名を呼ばれ、何時の間にか閉じていた目を開ける。ふと、頬に柔らかな暖かさを感じ、横を見ると肩にはコーダが居ました。

「エン、怯える事は無い」

彼の白い鱗は光に照らされ、きらきらと淡い七色を帯びていました。

「主は、君があの『腕』に取り込まれることを愉快ではないと言う。だから、私はそれを阻止しよう」

細く滑らかな白い体に、埋め込まれた黒曜石のような瞳で、私をじっと見つめて、彼は言いました。

「その為に、私は存在する」

「……コーダ」

「エン。君を、主の元へ導こう」

ひどく久しぶりに聞く、彼の暖かな優しい声色。私は過去、何度この声に救われてきただろう。

「……今度は突然消えたりしないでくださいよ?」

「……、努力しよう」

そこは約束して欲しかったなぁと思いつつ、即答で簡単な口約束をしないのが、彼らしいといえば彼らしい。

「それで。言伝は終わリカナ? オ手紙サン」

側で見ていたムナが、待ちくたびれたように口をはさみました。もう少し余韻を残していたら、涙が出ていたかもしれなかったので、ちょうど良かったかもしれません。

「あぁ、エンに対する伝言は以上だ。後は、ムナ。君にもある」

「クァ?!」

「エン。旅の支度をしてくるといい。私がムナに話を終えたら、すぐに出られるように」

頷き、コーダをカウンターに下ろして私は部屋へと向かいました。

先程までの激しい雨の音が止み、澄んだ水の香りがします。きっと今、外は爽快な風が吹き、灰色の雲の合間から青空が見えていることでしょう。
今度の扉の向こうは、虹がかかっている場所がいい。雨上がりの空はきっと綺麗なのでしょう。
早く開けて、その世界を見てみたい、と思いました。


2015/7/21.

【side_en】道標と再会した旅人の話 その1

□月△日 

友人と、再会しました。




冷たい雨が降る夜。館の大きなガラス窓から見える風景は水飛沫でひどく曇っていました。普段はまっすぐに立っている木々も、横殴りの雨風にぐにゃぐにゃと踊らされています。
こんな日に外へ出たら、また飛ばされてしまうんだろうなぁ。そんなことをぼんやり考えて、今日は大人しくこの『木立瑠璃館』で、次の旅の準備をするつもりでした。

人気のないこの図書館は、いつものことながら足音がよく響きます。遥か高くの天井まで届かんばかりの巨大な本棚。その間をすり抜けて、館の中央に位置するカウンターへ向かいました。
そのカウンターに入って奥にある長い廊下には、いくつもの扉が並んでいて、その中のひとつが、私の借りている部屋です。
一応、「関係者以外立ち入り禁止」となっている場所のため、ここの館長代理にひと声かけてからと思っていたのですが、いつもなら座敷童のごとく鎮座している例の代理が見当たりません。
行燈を模した白熱灯が、カウンターに積まれた本の山を寂しく照らしているのみでした。

バカみたいに広い館内ですが、バカみたいに閑散としているので、声はきっと遠くまで響くことでしょう。振り返り、書架に向けて、館長代理の名を大声で呼んでみます。

「ムナぁー!いないんですかぁー!」

「何か用?」

「うわっ!? 出た!!」

「自分で呼んどいて出たとは何ダ」

突如ひょっこりと現れた黒い髪のおかっぱ頭の和服を着た少年。まるで座敷童のような外見をしながら、ここの館長代理を務めるムナは、カウンターの下に隠れていました。
そんな所から不意に出てこられたら、誰だって驚くと思うのですが……。

「いやいや、すみません。でも、そんな所でなにやってるんです? 隠れ鬼?」

「違ウ。……あのね、今、ヘビの目撃情報が多数あッテネ。もしかしたらと思って探しテルノ」

「へび?……ヘビって、あの爬虫類の?」

「それ以外に何がアルノ?」

森や、田舎や、ジャングルや、アマゾンや、沖縄や、お酒の中にいる、足の無い、ぐにゃぐにゃした爬虫類。それが図書館に居るなんて、何があったのでしょう。迷い込んだのか、誰かが持ち込んだのか。はたまた実は、利用者か。
――普段、ここへ現れる『利用者』は、人間だけではありません。ヒトとは明らかに違う生き物、はたまた生き物ですら無いものも訪れることが、多々あります。というか、実は人間よりもそちらの方が多いのですが……。

「んー、タダのヘビなら良いんダケド」

「ただのヘビ?」

毒ヘビだったらという事でしょうか。それにしてもムナの様子は、やたら心配しているように思えます。
引き続き床に這いつくばるようにヘビを探し始めるムナの様子を、下手したらヘビが出る事よりも奇妙だと思っていると、ふと、書架の陰の中から、するりと細い光が現れたのです。

「あれ?」

それをじっと見つめると、徐々に光は近付いてくるではないですかーーいや、あれは、光じゃない。
細くて白くて、くねくねしてにょろにょろしているその姿は、間違いなく――

「へび?」

「ヘビ?」

「へびです!?」

「ヘビダネェ」

私は驚いて反射的に、跳ねるようにカウンターの裏へと逃げてしまいました。目の前に現れたヘビは、艶やかな白い鱗を書架のわずかな光に反射させ、音もなく地を滑りこちらへ近づいてきます。驚いて何も言えない私を横に、ムナは前へと出てきて、クァ、と笑いました。

「やっぱし、アンタだっタンダ」

「ああ……随分と驚かせてしまったようだね」

ふと、聞き覚えのある声がしました。それは懐かしさのあまり涙が出そうになる程に。
その声を聞くまで、どうして思い出さなかったのでしょうか。私は思わず彼の名を叫んでいました。

「コーダ!!!」

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【side_en】お使いを頼まれた旅人の話 その2

旅人が戻ったのは、日が変わろうとしていた夜中だった。




旅人には、今朝から、とある『世界』より1冊の書籍の捜索を頼んでいた。
納得のいかない顔をしながら渋々と旅立っていったので、帰宅とともに文句の一つや二つでも言われるかと思っていたのだが、むしろどこか機嫌が良いように見えた。
もどりましたよ、という一言の後に、渡された2冊の本。
蒼い布張りの表紙に、複雑な模様には銀が箔押しされている。年季の入った重みがあるにも関わらず、その装丁の美しさは、眺めているだけで時を忘れてしまいそうな程だ。全く同じ装丁が成されたそれは、紛れもなく、捜索を依頼した本だった。
一日でよく見つけ出したものだと感心していると、旅人は何やら此方を見てニヤニヤとしている。

「……どうしたの、気持ち悪イ」

「ふふふ。見てください、こんなものを貰っちゃいました!」

待ってましたと言わんばかりに差し出された旅人の手のひらに納まっていたのは、小さな蒼の硝子玉。

「へぇ……、こりゃ珍シイ」

「すごく綺麗ですよねぇ! あちらの『世界』では、もっと綺麗に、ぽわーって光ったんですよー」

手のひらに転がる硝子玉は、館内のわずかな光でさえも反射させ、まるで月夜の湖の水面のように、きらきらと輝いていた。しかし館長代理が「珍しい」と言ったのは、その美しさからのみではない。
旅人が持ち帰った本と、よく似た力を持つ玉だったからだ。

「ネェ。これをくれたヒトって、フツーのヒト、ダッタ?」

館長代理の問いに旅人は不意をつかれたようだ。きょとんとした顔をして、答える。

「お店番さんは普通の方でしたよ。ただ、お店自体が、ちょっと不思議な所でしたけど」

聞けば、自分以外の客が小鬼であったとか、命を得た水の金魚が宙を漂っていただとか。
つまりは、そういう類の古書店であったことには間違いなさそうだ。そうなればその『お店番さん』が普通のヒトである訳がないと思うのだが。
館長代理は硝子玉から微かに水の香りを感じながら、旅人に、なぜこの玉を渡されたのかと問うと、「そういえば何故でしょう?」と首を傾げられ、呆れた。

「そんなことよりも、ねぇ、ムナ。使ってない小瓶とかありませんか?」

この旅人は、手に入れたものを瓶に入れて飾る癖がある。貸している部屋には大小いくつものガラス瓶が並んでおり、今回も同じように、ガラス瓶に入れて、その宝を飾るのだろう。

「アイツの部屋にあるんじャナイ? テキトーに持ってって良いと思ウヨ」

そうですか、ありがとうございます。
そう言って去りゆく旅人は、新たな旅で得た宝を大事そうに手に包み、今にも踊り出しそうな足取りでカウンターの奥にある部屋へと向かっていった。
旅人が訪れた『世界』に対して気になることはあるものの、当の本人がとても嬉しそうだったので、館長代理は何も言わないことにした。




2015.8.10.
2015.8.17.加筆修正


きらきらと煌めく蒼い硝子玉。
旅人の宝物がまたひとつ増えました。

        
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