【side_en】お使いを頼まれた旅人の話 その1 en_to_gan 2015年08月21日 0 ▽月■日おつかいを、頼まれました。暗い暗い書庫の中。湿度・温度が管理され、本には快適な空間。実はここ、ヒトに対しても快適な空間であるのです。「あー……書庫涼しいー」「……何してるの、こんな所デ」「あっムナ、おはよございますー」気温・湿度が高い日本の季節。涼を求めて辿り着いた所で涼んでいた所、ふと横に立つ、木立瑠璃館館長代理。「……あのね、いくらアナタでも、あんまり書庫にはいない方が良イヨ。前にも言ったはずダケド」「『扉』を開いたら、ここに着いちゃったんです。不可抗力ですー」「館長も、許可のないヤツに入られるのは好まないと言っテタヨ。気を付ツケテ」ため息混じりにそう言うと、ムナはスタスタと特定の棚から本を取り出して出口へ向かったので、私もその後に続いておとなしく書庫から出ることにしました。『彼の方』が言うのなら、今後は気を付けましょう。「ネェ。暇ならちょっと手伝ってほしいがあるんだけど」「む?」「これの、続きを探してきて欲しインダ」開架のカウンターに戻り、早々に手渡された1冊の本。青色の装丁が美しく、複雑な模様が箔押しされ、その部分が妖しく煌めいていました。「館長直々の頼み事ダヨ。断る理由は無イヨネ」曰く、この本は上下で一編の書籍であり、今、手元にあるこの本が上巻。手に入れた時はこちらしか無かったものの、暫くしてこの本を手に入れた町に、同じく下巻もあるということがわかったらしい。ここで言う『町』とは、恐らく、『世界』が違うということ。そして私は『彼の方』と同じように『扉』を開けることで、其処へ辿り着くことができる。「其処へ行けるのは私だけ、って事ですか」「その通リ」ムナが満足そうに頷きました。「その本を持って行けば勝手に町には着くだろうし、あとはその本同士が引き寄せ合うカラサ。簡単デショ」この館にある本は、不思議なもので、やがて『意思』を持ち始めます。それは、わかる人が触れればわかるような、至極限られた人に向けて発せられるものですが……恐らく、この本は対になるもうひとつの本を『自ら』引き寄せているのでしょう。それだけなら簡単だと、二つ返事で引き受けようとした時、ふと、ある疑問が浮かびました。「でも、もし、その本が売られていたらどうするんです? お金は?」売られていなくとも、もしかしたらそちらの『世界』では恐ろしく高価な物になっているかもしれない。個人蔵となっていたとしても、それなりの対価は必要となるのでは。というか、そもそも、これから行く『世界』の通貨が、どういう物なのか。「立て替えとイテヨ。もしくは、そのお店にツケとく、トカサ」「な!?」あまりに無責任な物言いに、思わず本を落としかけた程でした。一応、私自身もいくつかの通貨は持っていますが、この『世界』でいう小銭程度しかありません。運良く立て替えられる値ならまだしも、そう簡単に「ツケ」なるものができる訳がない。第一、『扉』を開けて訪れた『世界』と同じ『世界』へ、再び行ける保証はありません。(過去に何度かは出来たことがありますが、なぜ出来たのかは、よくわかっていません)「その辺は、アナタの頑張り次第」「そんな都合よくいきませんて……」最近、ムナの横暴さが『彼の方』に似てきている気がしてならない。半泣きでいつも以上に不安を募らせながら、『彼の方』の頼みならばと無理やり自分に言い聞かせ、私は仕方なく、渋々と旅立ったのでした。>> PR
【side_gan】何もかもが崩れゆく荒れ果てた世界で、彼は目を覚ました。 en_to_gan 2015年08月21日 0 何もかもが崩れゆく荒れ果てた世界で、彼は目を覚ました。目を開けている感覚はある。しかし本当に自分の目蓋が開かれているのか、もしくは視力を失ってしまったのではないかと不安になる程、そこは闇に覆われていた。男は身動きも取れない程の狭い空間に、膝を抱えてうずくまっている。暫くして漸く暗闇に目が慣れると、ここが巨大な岩で塞がれた瓦礫の中であることがわかった。ーー何故、此処に居るのだろう。男は自身が現在に至るまでの記憶を探るが、何一つとして、思い出せなかった。出口の見えない暗闇は、ただ彼の意識を朦朧とさせるだけだった。再び目を閉じようとした時、微かな音が聞こえた。それは遥か遠くからの小さな音。小石が転がり落ちる音と似ていたが、違う。それは音ではなく、声だ。男に語りかけるように、同じ言葉を繰り返す声。突然、白く細い糸が現れた。まるで目の前の暗闇が音もなくスルリと切られたような、真っ直ぐの白い線。それは次第に太く広がり、ついには全体を包み込んでいった。突然の眩しさに目を焼かれたような錯覚に襲われ、咄嗟に右手を額に添え陰を作る。何が起きたのか把握しようと、辛うじて薄く目を開ける。すると、光の奥にひとつの影が見えた。「ああ、やっと見つけた」声とともに現れた影から、手が差し伸べられていた。呆けた様子で眺めていると、手はこちらの右手を掴み、無理矢理上へと引きずりあげた。「やっぱり、きみはこの"世界"に生きていたんだね」突然のことに僅かな体の痛みを感じながら、男は自分の右手を掴んでいる者を見た。衣服が所々破れかけ、身体のいたる箇所に痣傷がある、青年だった。あの暗闇で聴いた声は彼のものだったのだろうか。男はつい先程まで暗闇で反響していた声を思い出そうとした。しかし、その眼下に広がる光景に、全ての思考を掻き消されてしまう。何もかもか朽ち果てた瓦礫の山。大きくひび割れた地面の上に、崩れ落ちた廃墟が無残な姿を晒している。石造りの柱は只の岩と化し、かつて建造物と呼んでいたであろうものは、最早その役割を成してはいない。灰色の砂埃を纏った、亡骸のような街の姿。視界を遮るものは無く、その光景は残酷な程に、遥か彼方まで続いていた。「此処は、一体、」男が問う言葉すらも詰まらせていると、青年は驚いたように目を見開いていた。握られた手の力が強くなる。「憶えていないの、」男は頷いた。青年は続ける。「それじゃあ、ぼくのことも、」男は黙って青年を見つめた。青年は、そう、と言って静かに目を伏せた。記憶が無いことは不本意でありながら、男に罪悪感を与えた。せめて何か些細なきっかけがあれば思い出せるかも知れない。そう思い、青年に名を尋ねると、彼は不意に顔を上に向けた。「アレ、だよ。ぼくの名前」2人の頭上は、灰色の雲に覆われている。この"世界"の終焉を宣告するかのような、厚く、重い雲だった。「雲…?」男の言葉に、青年の表情はさらに悲しみを増した。今すぐにでも泣き出してしまいそうだ。「そう。きみは、ぼくを"クモ"と呼ぶんだね」「それ以外に、何が、」落ち込むのなら本当の名を教えてくれと男は眉間にしわを寄せるが、口には出さなかった。「きみが思い出してくれるまで、ぼくはクモだ」きみに呼んでもらえるなら、何だって構わないよ、青年は微笑んだ。しかしその声には、まだどこか悲しみが含まれていた。「ぼくを覚えていないなら、きみも、自分の名前を覚えていないんだろう?」なら、そうだな、ぼくはきみを『ガン』と呼ぶよ。岩の中から出てきたからね。そう言われて、男は自身が埋もれていた岩の瓦礫の山を見た。足元に暗い穴が開いている。いくつもの岩が重なりあって偶然にできた隙間だ。人1人がうずくまって、ようやく入れる程に狭く小さい。周囲を見渡せば、いくつも似たような瓦礫の山ばかりだった。その中にからよくこの場所を見つけ、岩を退けられたものだ。「ねぇ、ガン」男は、それが自分の新たな名であることに、すぐに気付かなかった。「きみが、きみを思い出すまで、きみのそばに居させてほしい」そして青年が、ぼくはね、と呟いて再び男を見る。「ぼくはこの"世界"の始まりを、きみと歩いた最初の人間だから。この"世界"の終わりを、きみと歩く最後の人間になりたいんだ」ガンには彼の言葉の意味を理解することができなかった。ただ、ガンは気付いたことがある。クモは微笑みながらも声が悲しみに満ちていたこと。そして彼の手が暖かさが、どこか心地良いと感じることだった。2015.02.27.2015.03.02修正
【side_en】花を手に入れた旅人の話 en_to_gan 2015年08月21日 0 O月X日。花を、貰いました。私がいつものように本の館で休んでいると、和服を着た幼い館長代理人がちょこちょことこちらへ歩いてきました。一見、座敷童のように見える彼は私よりも年下ですが、館長直々に、この館の管理を任せている、結構偉いようなそうでないような役割を担っています。そんな彼が、私の方へ、何かを持って私の方へ歩いてきました。「お届けモノダヨ」相変わらず語尾に違和感のある喋り方で、私に、一輪挿しの細い花瓶を差し出しました。そこにはやはり、細くて可愛い、手のひらほどの白い花が一輪。「私に?誰が?なんで?」「サアネ」「まさか……ムナが!? うっわぁー?!」「そんなコトするくらいなら舌噛み切って死ヌネ」そんな軽い冗談を交わしながら手渡された白い花は、透明のガラスの花瓶に入れられて、薄いブルーのリボンでラッピングが施されていました。その姿は、まるで繊細なガラス細工のような、美しい儚さが感じられました。「きれいなお花ですね…なんていう花なんでしょう」「名前は無い、みタイヨ」館長代理は、何やら小さなカードを読んでいました。それは花についての説明が書かれているもののようです。なんでも、この花に名前は無く、未解明なことの多い謎の花だそうです。しかしながら、通称『旅人の花』とも呼ばれているようで、ある日突然枯れてしまうこともあれば、最長10年は持ったという例もあるのだとか。「『ガラスのように冷たさと感触だが、非常にもろい』」「丈夫なのか儚いのか、難しい花ダネ」持ち主の保存の仕方によって寿命が変わるということでしょうか。私はその白い花を揺らさないよう、大事に両手で瓶を持ち直し、じっと見つめました。花のみならず、葉も茎までも真っ白なその花は、傾けると、光に反射してわずかに煌めいたように見え、その美しさに思わずうっとりしてしまいます。「不思議な花ですね…」私は今まで、いくつかのあらゆる『世界』を見てきましたが、このような花を見たことはありません。これは一体、どこに生えているのでしょう。この花の在った『世界』は、どんな所なんでしょう。「この花をくれた方は、どんな方なんでしょうか……」「そうダネェ。一言で言うなら……安心感」「アンシンカン? 安心できるヒトって事です?」「んー、ヒト、なのカナァ」彼が『ヒト』という言葉を使うことに躊躇するのを見て、恐らく人間ではないのだな、と感じました。ヒトではないモノが此処へ訪れることはよくあることです。果たしてこの花をくれた方がどんな方だったのか、私は今まで見てきた世界のヒトではないモノ達の姿を思い出していました。「クァ? ねえ、裏になんか書かれテルヨ」館長代理の言葉に、私はそのカードを受け取り、裏を見ました。そこには、花の説明では無い文章が手書きで一言、書かれていました。「エン、なんて書いてあっッタノ?」「…………。ムナ」「クァ?」「この花をくれた方に、お礼を言わなくてはいけませんね」私はカードと花を大事に持つと、幾つもの"扉"がある奥へと向かいました。実を言うと、私はしばらくの間、この館から、"扉"の外へ出ていませんでした。私が“扉”を開け、外へ出ることが出来なくなってしまっていたのです。ある日、外へ出ようと"扉"を開けると、向こう側が同じ部屋でした。最初は気にもしませんでしたが、何日経っても何度開けても、同じこの館のまま。この本の館は嫌いではありませんが、さすがに外に出られないのは困りものでした。館長代理にそのことを話すと「アナタ自身が、此処から出たくないって思ってるからじャナイ?」と言うのですが、外に出たいから"扉"を開けてるのであって、やはり原因はよくわかっていません。しかし今、この白い花を見ていると、再び外へ出られるのではないかと思えてきたのです。「旅人には、小さな花が付きものですもんね」遥か昔から、物語には定番の組み合わせというものがあります。勇者にはドラゴン。魔法少女には不思議生物。そして旅人には、花。「そウナノ?」「そうですよ」よいしょ、と、お気に入りの赤い鞄に荷物を詰めていると、館長代理がクスクスと含み笑いをしました。「ヒキコモリ、家を出ル」「大きなお世話ですよ」ふと、会えますかね、と独り言のように呟いたら、「アイツよりは、探しやすいと思ウヨ」と彼は言いました。私の探し求める『あの人』を『アイツ』と呼ぶことが引っかかりましたが、そこは無視して、引き続き旅立つ支度を進めます。"扉"は、まだ開くでしょうか。私は、この花の在る『世界』へ向かうことができるでしょうか。この花をくれた方に、出会えるでしょうか。小さな花をたずさえて。2014/11/28.
2 en_to_gan 2014年07月24日 0 エン が銀色の扉をあけると流星群が落ちる丘に辿り着きます。そこには気ままに口笛を吹く幼い日の友人がいます。「やっと来てくれた」 http://shindanmaker.com/466533en@en_to_gan〈懐かしいと感じた事で、自分にも過去はあるのだなと当たり前の事を思った。忘れていたあまい香り、やわらかい音。ふと見覚えのある後ろ姿に気が付くと、導かれるようにエンは丘を登って行く。顔のない友人は振り向き、哀しげにほろほろと光の粒を零しながら夜空へ流れおちて行った。〉posted at 00:22:47 07/21
1 en_to_gan 2014年07月24日 0 エン が木製の扉をあけると真っ白な病室に辿り着きます。そこにはぐったりと寝そべる耳のない女性がいます。「まだ気付かない?」 http://shindanmaker.com/466533 〈女の声は反響する。白い壁は全てを拒絶する。言葉は跳ね返り、どこへ辿り着くこともなく霧のように消えてゆくだろう。側に立つエンがその声に気付くことは無い。なぜなら彼女も、同じく耳が無いからだ。〉