【side_gan】何もかもが崩れゆく荒れ果てた世界で、彼は目を覚ました。 en_to_gan 2015年08月21日 0 何もかもが崩れゆく荒れ果てた世界で、彼は目を覚ました。目を開けている感覚はある。しかし本当に自分の目蓋が開かれているのか、もしくは視力を失ってしまったのではないかと不安になる程、そこは闇に覆われていた。男は身動きも取れない程の狭い空間に、膝を抱えてうずくまっている。暫くして漸く暗闇に目が慣れると、ここが巨大な岩で塞がれた瓦礫の中であることがわかった。ーー何故、此処に居るのだろう。男は自身が現在に至るまでの記憶を探るが、何一つとして、思い出せなかった。出口の見えない暗闇は、ただ彼の意識を朦朧とさせるだけだった。再び目を閉じようとした時、微かな音が聞こえた。それは遥か遠くからの小さな音。小石が転がり落ちる音と似ていたが、違う。それは音ではなく、声だ。男に語りかけるように、同じ言葉を繰り返す声。突然、白く細い糸が現れた。まるで目の前の暗闇が音もなくスルリと切られたような、真っ直ぐの白い線。それは次第に太く広がり、ついには全体を包み込んでいった。突然の眩しさに目を焼かれたような錯覚に襲われ、咄嗟に右手を額に添え陰を作る。何が起きたのか把握しようと、辛うじて薄く目を開ける。すると、光の奥にひとつの影が見えた。「ああ、やっと見つけた」声とともに現れた影から、手が差し伸べられていた。呆けた様子で眺めていると、手はこちらの右手を掴み、無理矢理上へと引きずりあげた。「やっぱり、きみはこの"世界"に生きていたんだね」突然のことに僅かな体の痛みを感じながら、男は自分の右手を掴んでいる者を見た。衣服が所々破れかけ、身体のいたる箇所に痣傷がある、青年だった。あの暗闇で聴いた声は彼のものだったのだろうか。男はつい先程まで暗闇で反響していた声を思い出そうとした。しかし、その眼下に広がる光景に、全ての思考を掻き消されてしまう。何もかもか朽ち果てた瓦礫の山。大きくひび割れた地面の上に、崩れ落ちた廃墟が無残な姿を晒している。石造りの柱は只の岩と化し、かつて建造物と呼んでいたであろうものは、最早その役割を成してはいない。灰色の砂埃を纏った、亡骸のような街の姿。視界を遮るものは無く、その光景は残酷な程に、遥か彼方まで続いていた。「此処は、一体、」男が問う言葉すらも詰まらせていると、青年は驚いたように目を見開いていた。握られた手の力が強くなる。「憶えていないの、」男は頷いた。青年は続ける。「それじゃあ、ぼくのことも、」男は黙って青年を見つめた。青年は、そう、と言って静かに目を伏せた。記憶が無いことは不本意でありながら、男に罪悪感を与えた。せめて何か些細なきっかけがあれば思い出せるかも知れない。そう思い、青年に名を尋ねると、彼は不意に顔を上に向けた。「アレ、だよ。ぼくの名前」2人の頭上は、灰色の雲に覆われている。この"世界"の終焉を宣告するかのような、厚く、重い雲だった。「雲…?」男の言葉に、青年の表情はさらに悲しみを増した。今すぐにでも泣き出してしまいそうだ。「そう。きみは、ぼくを"クモ"と呼ぶんだね」「それ以外に、何が、」落ち込むのなら本当の名を教えてくれと男は眉間にしわを寄せるが、口には出さなかった。「きみが思い出してくれるまで、ぼくはクモだ」きみに呼んでもらえるなら、何だって構わないよ、青年は微笑んだ。しかしその声には、まだどこか悲しみが含まれていた。「ぼくを覚えていないなら、きみも、自分の名前を覚えていないんだろう?」なら、そうだな、ぼくはきみを『ガン』と呼ぶよ。岩の中から出てきたからね。そう言われて、男は自身が埋もれていた岩の瓦礫の山を見た。足元に暗い穴が開いている。いくつもの岩が重なりあって偶然にできた隙間だ。人1人がうずくまって、ようやく入れる程に狭く小さい。周囲を見渡せば、いくつも似たような瓦礫の山ばかりだった。その中にからよくこの場所を見つけ、岩を退けられたものだ。「ねぇ、ガン」男は、それが自分の新たな名であることに、すぐに気付かなかった。「きみが、きみを思い出すまで、きみのそばに居させてほしい」そして青年が、ぼくはね、と呟いて再び男を見る。「ぼくはこの"世界"の始まりを、きみと歩いた最初の人間だから。この"世界"の終わりを、きみと歩く最後の人間になりたいんだ」ガンには彼の言葉の意味を理解することができなかった。ただ、ガンは気付いたことがある。クモは微笑みながらも声が悲しみに満ちていたこと。そして彼の手が暖かさが、どこか心地良いと感じることだった。2015.02.27.2015.03.02修正 PR