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創作まとめ

【side_en】道標と再会した旅人の話 その2


喋る白ヘビ――名前は私が勝手に「コーダ」と呼んでいるのですが、彼は、私が追いかけている『彼の方』の使い魔です。
私が旅を始めた時から、『彼の方』の元へ辿り着くための道案内をしてくれていました。
しかしある日、『扉』を開けて『世界』を移動した瞬間、突然、居なくなってしまったのです。なんの音沙汰もなく、扉をくぐり抜けたらいつも巻きついているものが無くなっていたので、それはそれは慌てました。その時はどこかの世界で落としてきてしまったのかと必死に探したのですが全く見つからず……今に至ります。

「もー!どこ行ってたんですかー!めちゃくちゃ心細かったんですよー!」

「主に呼ばれたんだ。仕方がなかった」

呼ばれたからといって、普段からそこに居るべき人が、何も言わずに消えていたらびっくりするでしょうに。せめて一言、欲しかった。

「しかしまた随分と唐突に現れたもンダネ。いつからここに来テタノ」

ムナの問いに、コーダは急に黙り込み、おもむろに窓の方へ頭を向けて言いました。

「嵐とは、凡ゆるモノを運ぶだろう」

「なるほど、飛ばされたんですね」

「エン、君への伝言を託された」

どうやら今日の嵐の原因は、『彼の方』にあったようです。相変わらず想像もつかない事をする。

「相変わらず雑な配達ダヨ」

……歯に絹を着せぬ物言い。『彼の方』とムナだからできる馴れ馴れしさだとは思うのですが、まあ私も考えてしまったことなので何も言えません。

「で、館長は何を言ってるノカナ? 『オ手紙』サン」

手紙と呼ばれた白蛇は、私の方へ顔を向け、しゅるしゅると舌を出し入れして、言いました。

「主曰く、『奴が動き出した』と」

彼の一言は、一瞬にしてこの場の空気を変えました。
後から思えば、変わったのは私だけかもしれません。彼のたった一言は、私が覚えている全ての恐怖を、記憶から呼び起こすには充分すぎる程でした。
彼は続けます。

「主曰く、エンという生物は、実に危険な存在だ。彼女は他の世界へ訪れ、干渉している。主は其れを良く思わない」

「そうだね、それは前々から思っテタヨ」

「以前のエンの行動を、君も憶えて居るだろう?」

「砂漠の話ダッケ?あれはさすがにやりすぎだっタヨネー」

「彼女が行動起こせば、それだけ『奴』も近づいてくる。だからーー」

淡々と会話を進めていく2人の声を聞きながら、冷静を装いつつ呼吸を整えます。けれど実際は、この時の2人の会話の内容は、全く頭に入ってきていませんでした。

『あいつ』が私を追ってくる。それは死すらも霞む恐怖。私にしか見えない影。大きな黒い塊。
その中にある眼は私を捕らえる。私は眼を逸らせない。身体が動かない。心拍数があがる。汗が噴き出る。喉が乾く。声が出なくなる。そして首を掴まれて、息が出来なくなって、私は、――


「エン、」

名を呼ばれ、何時の間にか閉じていた目を開ける。ふと、頬に柔らかな暖かさを感じ、横を見ると肩にはコーダが居ました。

「エン、怯える事は無い」

彼の白い鱗は光に照らされ、きらきらと淡い七色を帯びていました。

「主は、君があの『腕』に取り込まれることを愉快ではないと言う。だから、私はそれを阻止しよう」

細く滑らかな白い体に、埋め込まれた黒曜石のような瞳で、私をじっと見つめて、彼は言いました。

「その為に、私は存在する」

「……コーダ」

「エン。君を、主の元へ導こう」

ひどく久しぶりに聞く、彼の暖かな優しい声色。私は過去、何度この声に救われてきただろう。

「……今度は突然消えたりしないでくださいよ?」

「……、努力しよう」

そこは約束して欲しかったなぁと思いつつ、即答で簡単な口約束をしないのが、彼らしいといえば彼らしい。

「それで。言伝は終わリカナ? オ手紙サン」

側で見ていたムナが、待ちくたびれたように口をはさみました。もう少し余韻を残していたら、涙が出ていたかもしれなかったので、ちょうど良かったかもしれません。

「あぁ、エンに対する伝言は以上だ。後は、ムナ。君にもある」

「クァ?!」

「エン。旅の支度をしてくるといい。私がムナに話を終えたら、すぐに出られるように」

頷き、コーダをカウンターに下ろして私は部屋へと向かいました。

先程までの激しい雨の音が止み、澄んだ水の香りがします。きっと今、外は爽快な風が吹き、灰色の雲の合間から青空が見えていることでしょう。
今度の扉の向こうは、虹がかかっている場所がいい。雨上がりの空はきっと綺麗なのでしょう。
早く開けて、その世界を見てみたい、と思いました。


2015/7/21.
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